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2011.07.02(Sat)

頭すっからかんな自分が『科捜研の女』とマリコさんについて考えてみた。

考察ではなくて妄想なんだけどな。
まだ7月に入ったばっかりなのにこの暑さで頭が溶けてマーガリンになってる故の妄想なんだけどな。



「マリコさんには男性の夢が詰まってたんじゃないか」ということを最近考えています。
何故過去形なのかっていうと、それは旧シーズン、長く見積もっても新1辺りまでじゃないかなーと思うから。
「夢が詰まってる」とか言うと気持ち悪い、っていうなら、「憧れ」とか「理想的」とかそんな言葉に置き換えてもいい。
とにかく、初期のマリコさんや『科捜研の女』は、男性的な視点から作られたキャラ・作品だよなぁと思ったんです。

ということで、以下は個人的な偏見に基づく「男性らしい」「女性らしい」の言葉が並び続くので、そういうのが嫌な人は読まないように。
そして妄想なので、そんなに中身のある内容ではありません。
それをご了承いただいた上での異論・反論は遠慮無く受け付けます。はい。



【ついき】

そう思った理由は、まず「科学を武器に事件を暴く」ことにカタルシスを抱くのは、どちらかといえば女性というより男性だと思うから。
「罪を犯した人を捕まえる(=勧善懲悪)」作品は男女ともにウケますが、「科学」って言葉に無条件にトキメキを覚えるのは、どっちかといえば男性なんじゃないかと。幼い頃に理科の実験で目をきらめかせていたのは、女子より男子ではありませんでしたか?

あと、
「こんな美人が」←重要
「体を張って事件解決」
「しかも変人なので、基本的に孤軍奮闘。そこから状況をひっくり返す」←これも重要

というところにも、男性が感じるであろうカタルシスはありそう。私は男じゃないので、ハッキリとは言えませんが。
そして、こと科学に関してはエキスパートな彼女だけど、決して完璧超人ではないといくつかの弱点・欠点も提示(親しみやすさの演出)してあるところにも、男心をくすぐるポイントとしてありそうだなぁと。

それから、これはどちらかといえば男性寄りな思考だなと思ったのは、旧3最終回の倉橋さん関連。
男性寄りな思考というよりは、数年経って尚、倉橋さんに未練があったというのは、男性的な願望としての
「こんなヒロインだったら可愛いんじゃないだろうか」
「もしこんな美人に、こう思われていたら」

的な異性からの補正、視点を感じたんです。
女性的な視点で書かせると、案外そこらへんをドライに割りきらせそうな気がするんだよ。偏見かもしれないけど。
だって、自分の友達が数年前に別れた相手にまだ未練たらたらだったら、女性の皆さんとしてはどう思います?
私は正直、「いやぁ、さすがに諦メロン」と思うよ。

旧は倉橋さん関連を筆頭に、マリコさんの妙な女性っぽさが前に出ている気がする。
旧1なんかもろにそうだし(元旦那にあの態度はねーよ、と思うのは私だけなのか)、旧3最終回なんかもそう。木場さんとの微妙な関係性も、そう言えるかもしれない。
別に新以降が女らしくない、ってわけじゃないんだけども、明らかに質が違う女性らしさだよなと思う。
旧までの女性らしさは「男性が、少しだけ願望を混ぜて作った理想の女主人公」(こんな美人が科学を武器に事件解決するんだぜ! かっけー! 的な)
新以降の女性らしさは「男女の視点を混ぜて作った理想の女主人公」(最近、特に顕著になっている犯人などに対して同情を示す態度は、「共感」を重んじる女性っぽい考えを連想させるので)
女性に「理想の女性主人公」を作らせると、今の女優でいうところの天海さんみたいな、「女性が憧れる女性」、簡単に言っちゃえば完璧超人に近い存在になると思う。或いは、本人が完璧超人じゃなくても、ある程度それを許してくれるような環境がある場合が多いんじゃないかと。まぁ、女性がどうっていうよりは、「同性が憧れる同性」=完璧超人になりがちよね、ってことだと思うんだけども。
で、男性に「理想の女性主人公」を作らせると、「欠点や弱点があってもいいよね、そこがいいよね」とやっぱり異性からの目線や補正が入るんじゃないかな。
その代わり、主人公を取り巻く周囲や環境は、主人公に対して厳しい。それは、主人公が困難を乗り越えることにカタルシスを感じられるから。いわゆる「燃え」ってやつか?

話の作りが少しずつ変わってきているのも、やはりそこらへんが影響しているのかなぁと思っていたり。
プロデューサーも認めているとおり、特に最近のマリコさんは犯人や被害者などに対して同情を示すことが多いです(バッサリ切り捨てる時も、勿論あるけどね)。
それは、相手に対する「共感」を重んじる女性らしい考え方が表に出てきているからなんじゃないかな、と思います。
軽く書いちゃうと、「うんうん、わかるよ! 私もその気持ち、わかるよ!」って相槌を打ち合う、あの女の人特有の会話ですよ。あれです。勿論、マリコさんの同情がそんな軽いノリに見えるとか、そういう話じゃないよ。

菊池「科学がウリの番組なんですが、視聴者の方のご意見を見ると、見たいのはそこじゃないんですね。マリコが病むにやまれず犯罪を起こしてしまった人の心情をどう理解するか、とか、不幸にして犯罪に巻き込まれた被害者に対して、どう心に入っていくか、とか、そっちの方を評価してくださっている。
だから、あまり科学、科学しない方がいいのかな、と思っています」


これは明らかに「共感」を重んじる女性らしい考え方だよなぁ、と思うんですが、どうでしょう。
シリーズを経るごとに視聴者が増えてきた(=女性視聴者も増えた)ので、その女性視点を取り入れていっている……ってことなんじゃないかなぁと。
脚本家さんも、女性の方が増えましたしね。


で、今までの何が言いたいのかハッキリしない話を私なりにまとめるとだ。

旧の場合は、男性的な目線から作られた「理想の女性主人公(と、その周辺)」
新以降の場合は女性的な視点も取り入れて作られ始めた「理想の女性主人公(と、その周辺)」
なんじゃないかなぁと思う。
なので、割とマリコさんが周りからハブられることもあり、常に逆境に立ち向かっていたような印象が強い旧、或いは新1の頃までっていうのは、男性的な視点や目線で作られた作品だったんじゃないかなーと。
そんな、タイトルに思いっきり反する「男の人がトキメキを覚える要素」を軸にしつつ生まれたのが『科捜研の女』なんじゃないかな。
ほら、音楽も旧3から川井憲次さんだし、どことなく『科捜研の女』って、特撮モノっぽい雰囲気ありません? 出演者も特撮出身の方多いですし。マリコさんだって出てるしなw
それが少しずつ、女性的な意見も取り入れることで作品も変化してきているんじゃないか。
そういう意味で、『科捜研の女』シリーズの1番大きなターニングポイントは、旧と新の間というよりは、新1と新2の間ぐらいなんじゃないかなぁと私は思っています。
「理想的な主人公」というポジションは一緒でも、シリーズを経るごとに、彼女のキャラだけじゃなく彼女自身やそれを取り巻く環境の意味合いも変わっているのかもしれない。
そんなことを考えてました。

話が繋がってるかは知らん。
頭が足らないにわかファンの妄想だから、的外れだったらごめんなさい。
あと、言うまでもないけれど、旧と新を比べてどっちが上だ下だという話ではない、ということは一応言わせてください。

で、何で今頃『科捜研』についてグダグダ語っているかというと、来週木曜から、関東では旧4の再放送が始まるらしいからです。
今度こそ最終回まで全部の話を再放送してくれないだろうか。木場さんがぶっ倒れてマリコさんが涙目になるところでお預けを食らうのはもう何度目でしょう。
先生……今度こそ、今度こそ最終回が……見たいです……
そんな気持ちがぐだぐだと面白くもない長文を書かせたんだということで、このエントリのオチとしたいのですが如何なものでしょう。ダメでしょうか。ダメですね。
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